2013年2月号(Vol.8)HTMLメール

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宇治茶の郷メールマガジン
2月号(Vol.8)
こんにちは、宇治 茶太郎さん。
宇治茶の郷から、とびっきり旬な宇治茶の情報をお送りします。

目次

… トピックス …………………………………………………………………………
 【1】ヨシ刈り体験を実施
 【2】京都府議会「出前議会」が開催
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… イベント情報 ………………………………………………………………………
 ○いよいよ明日
  第8回春の大茶会「わくわく!ドキドキ!春の宇治茶フェスタ」を開催!!
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… コラム「茶の記憶」………………………………………………………………
 ○第4回 林屋和男さん
  「なぜ宇治茶が日本一の名声を保ち続けてこられたか」
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トピックス

【1】ヨシ刈り体験を実施


 春先、お茶の新芽が出る頃に、よしず(ヨシを編んだもの)と稲わらで茶畑を覆い、一定期間直射日光を遮って育てる「本ず栽培」は、宇治市域で400年以上続くとされる伝統的な栽培方法です。

 この材料となる「ヨシ」を刈り取る体験が、1月13日(日)、京都府立総合資料館・国際京都学センターの主催で、滋賀県近江八幡市、琵琶湖の内湖である西の湖白王地区で行われました。

 当日は、舟で「権座(ごんざ)」と呼ばれる島に渡り、3m以上にもなるヨシを刈り取った後、束ねて「丸立て」を作り、乾燥させる作業までを体験。

 宇治市内で「本ず」に使用されるヨシは、2.7m程度に加工されるそうです。

【2】京都府議会「出前議会」が開催


 京都府議会では、府民の皆さんの様々な意見や思いを的確に把握し、府政の推進に活かすために地域や関係団体の皆さんと意見交換する「出前議会」を行っています。

 1月16日(水)、宇治市の宇治茶会館において、府議会農商工労働常任委員会の委員の皆さんが、宇治茶振興の取組をテーマに、宇治茶の郷づくり協議会の皆さんと意見交換を行いました。

 当日は、コラムの執筆をお願いしている林屋さんに美味しい玉露の淹れ方を説明いただき、委員の皆さんにも体験していただくなど、和やかな雰囲気の中で、生産や消費拡大、後継者の課題など幅広く意見交換が行われました。

イベント

○いよいよ明日
 第8回春の大茶会「わくわく!ドキドキ!春の宇治茶フェスタ」を開催!!

主催:(公社)京都府茶業会議所、京都府茶生産協議会、

   京都府茶協同組合、宇治茶の郷づくり協議会
日時:平成25年2月2日(土) 10時~14時
場所:宇治茶会館、茶業センター
   (宇治市宇治折居25番)
内容:宇治茶の産地めぐり・味めぐり(有料)
   京の伝統和菓子の体験教室(有料)や宇治茶
   スイーツの販売
   ミニ陶器市
   宇治茶クイズ&スタンプラリー&抽選会(無料)
   宇治茶の手もみ体験(無料)
   ふるさと産品展示即売会
   子供茶香服大会(参加費無料)
   宇治茶の秤売り
   美味しいお茶の淹れ方教室(有料)
   宇治茶レディ撮影会(無料)


 このほか、先着1000名様に山城地域伝統郷土食「茶汁」を無料で振る舞います!!
 山城地域の観光キャラクターも登場!!まゆまろも来ます!!
 詳しくは、(公社)京都府茶業会議所(TEL:0774-23-7713)まで。

コラム「茶の記憶」 第4回


 日本茶インストラクター協会京都府支部長で、宇治茶伝道師でもある林屋和男さんに、今回は、「なぜ宇治茶が日本一の名声を保ち続けてこられたか」について触れていただきました。

 4回にわたり執筆いただいた林屋さんのコラムは、ひとまず終了させていただきます。

「なぜ宇治茶が日本一の名声を保ち続けてこられたか」 林屋 和男

 前回まで宇治茶ブランドの形成について記してきました。私に与えられたスペースは今回で終了です。そこでなぜ宇治茶が数百年にわたって日本一の名声を保ち続けてこられたかについて、私の考えを書いてみます。

 栄枯盛衰は世の習いで、宇治茶にも危機は何度も訪れています。最大の危機は明治維新です。江戸時代、政権にぴったり寄り添ってきた宇治茶は幕府や大名の庇護を失い、また茶道の衰退もあって碾茶(抹茶)中心の宇治茶師の多くは没落していきます。この時宇治茶を支えたのは、自分たちは日本一の茶を作っているという気概・自負ではなかったかと思います。

 明治維新になって、欧米から流入する文明に対する代価として「絹と茶」が選ばれました。鎖国の時代を過ぎて、日本にはそれ以外、欧米に売れるものがなかったのです。明治の初めの日本の輸出統計では、茶と絹が輸出品のほとんどを占めます。現在の輸出大国日本からは想像もできませんが、この2品目だけで文明開化を購(あがな)ったと言えます。別の見方をすれば、「絹と茶」のお陰で日本は植民地にならずに済んだとも言えるかもしれません。

 ただし、このとき輸出の主力は煎茶で、静岡が大きな力を持ちました。京都では和束などの宇治より南の地域が主でした。しかし、この時運に乗った茶商人が力を付けました。そのうちに時代が安定してきて、玉露や抹茶中心の宇治地域も息を吹き返します。生活の向上とともに高級茶が売れるようになると、上質な茶の産地である宇治近郊の茶は、量ではなく質で売ることを目指します。このときお客を大切にし、上質茶を指向してきた宇治茶師のDNAが力となったと思います。現在でも京都府の茶の生産量は国内第5位、数%ですが、玉露と抹茶では群を抜き、他府県を圧倒しています。

 今後も宇治茶の名声を守るため更なる努力がなされることを期待します。

 次回からは、宇治商工会議所副会頭で、宇治茶伝道師の小山茂樹さんに執筆いただく予定です。

 どうぞ、お楽しみに。

コラムここまで
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 □ 発行 : 宇治茶の郷づくり協議会 https://www.ujicha.or.jp/sato/
 □ 発行日 : 2013年2月1日
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